「なかなか改善しない。」という方へ

 「なかなか変わらない。」
 「治療のあとは良いようだけど、続けても結局良くならなかった。」
という経験を持つ方がいらっしゃいます。


 ここでは少し掘り下げてみます。


 まず、変わらないとはどういうことか。

 「変わらない。」「変化しない。」ということは、同じ状態が続いている。ことを指します。(言葉の意味合いとして)

 では「同じ状態」であることは、どういう状態でしょう。

 それは「何も力が働いていない」状態を指すわけではありません。

 外の環境は刻一刻と変化しているわけですから。


 綱引きで例えると、お互いが引っ張り合っているが動かない状態と同じです。

 両側から等しい力で引き合うと、ロープ中央は動いていないように見えますが、力は働き続けています。片側が少し引くと反対側がすぐさま引き戻す。
 
 変化がないように見えて、絶妙にバランスをとっている状態。


 モノには「系」という考え方があります。

 系には閉鎖系と開放系という見方があります。

 人は(皮膚の)外の環境と内の環境で、さまざまな関わりをもって生きています。

 空気の中から酸素を取り入れ、二酸化炭素、その他のものと交換します。

 また、食事という形で生命を取り込むことで、自らの生命活動に生かしています。人の体を「系」としてみるとどちらになるでしょう。

 答えは、人の体は開放系になります。(人の体に限らず、この地球も惑星も開放系です)


 開放系である以上、外(通常皮膚の外を指す)の環境と関わりながら存在することになります。ですから厳密には、変化なく保つことはできないのです。それでも一定の範囲の中で安定するように出来ています。


 これをホメオスタシスと呼びます。恒常性です。

 ホメオスタシスのおかげで、体内は一定に保たれています。

 外の温度が変わっても、気圧が変わっても、気づかないレベルで体内では変化が起こって対応します。

 食事をすれば、すぐさま消化活動が始まり、細胞レベルの変化が起こり始めます。その結果代謝が促進され、細胞も生まれ変わります。私たちの意識レベルにはあがりませんが、変化が継続的に起こるおかげで命が保たれているのです。

 「変化がない」ということは現実問題として不可能なのです。逆にあらゆるものが変化し続けているのです。

 加齢もあります。時間も変化です。

 その人にとって好ましいかどうかは横において、あらゆるものが変化し続けています。



 けれど、主観的には(変わらず)良くない状態と感じるのです。
 だったら、主観的に(変わらず)良い状態を感じることもできそうなものですが。


 「変化しない」というよりは、変化しているが、一定の状態からさらに良い状態にならない。
 もしくは、不快を感じる似たような状態を繰り返してしまう。
 というのがより正確な表現になるでしょう。


 では「不快な状態に保たれている」とするとそれはなぜか。

 不快を体からのメッセージと考えてみます。

 では、どんなメッセージか。


 それを私は「目的が達成されていない」というメッセージと解釈します。

 目的とは、

 骨の不整列があり、体が効率的に動けないというメッセージであれば、正しく整復する必要があるでしょう。
 また、内臓にまで負担が起こっていて、その為に体の他の部分、筋肉にも影響が出ているのであれば、内臓の機能をあげる手助けが必要でしょう。
 過去の記憶や情報、情動の干渉などからの影響が出ている場合は、情報の整理が必要になるでしょう。
 
 それらが複合的に結びついているケースもあります。


 体が出すメッセージを適切に受け止めることです。

 処理することできず、同じことを繰り返しても目的は達成されません。その結果、良くなることは難しいでしょう。

 施術者の思い込みや経験則で対応できるとは限りません。

 一見、同じような症状、症状名であっても、その背後にある原因、情報は複雑で多岐にわたるものです。


 多くの治療者、施術者は先生について学び、身に着けることでスタートします。過去の経験則が大前提になります。しかし、その範疇を超えたものには対応できないのも無理はありません。

 大事なことは、情報体としての生命の機能も考慮することです。
 生命活動とはどのように変化してきているのか。情動や記憶のメカニズム。

 最新の分子生物学や先端的科学研究の成果も考慮する必要があるでしょう。


 まわりの人の多くも不快を抱えているのだから、そのまま不快を放置してもいよいのでしょうか。


 放置することによるメリットはない。といえます。

 その理由は、不快であるという体からのメッセージを無視することになるからです。


 不快に慣れるということは、社会に生きる以上ある程度は必要かもしれません。

 しかし、不快に慣れると、本当の「快」もわからなくなるのです。

 本当に、心から喜ぶことが減ってしまいます。情動とも深い関係があるようです。外からは見えませんが、生きるうえで重要なことなのです。

 危険も多い。

 目的意識が薄れる。喜びが一過性になる。気分の波がある。体調の波がある。高い能力を発揮できない。疲れやすい。ストレスを無意識にため込んでしまう。


 総合的に見ても放置するメリットはゼロです。

 それでは、方法、プロセスはあるのか。

 ・物理的肉体と情報的肉体の両面から、体のメッセージを受け止め、必要な修正を繰り返すことです。
 ・長く通ってもムダなものと、長くかかっても確かに改善していくものは確かにある。
 その峻別は難しい。

 けれど、確かにある。

 選択すること、行動することを止めないことです。


 確かに、1回、1回の施術による変化がすこしずつの方はおられます。
 けれど、外から見るほど実りのないものではありません。

 時間を伴うけれど、大きな解放につながることもあります。

 ひとりひとり、背景は異なります。

 単に体が楽になればいいというレベルの問題ではありません。


 ただし、手立てがない。わけではないことは断言できます。選択し続けるか。行動をつづけるか。

 先にも述べましたが、人のからだは一定の状態を保とうとする働きがあります。

  ホメオスタシスと言います。恒常性です。

 体温をはじめ体の内部環境は外の環境の変化に対応しつつ、それでも一定に保たれるのです。そのおかげで環境に適応する能力が飛躍的に高まりました。

 ホメオスタシスは肉体レベルばかりではありません。

 情報的なものにも働きます。

 そのひとつは信念体系。

 信念体系は人によって異なります。

 その人が重要であると認識していること。

 つまり過去の記憶と情動によって形づくられています。遺伝ではありません。そのほとんどは両親や学校の先生、TVなど外の情報を受け入れて形づくられ、更新されます。


 わかりやすく言えば、考え方の癖です。

 生まれながらに持っている、身についているものではありません。

 生まれた後つくったものである以上、変えることは可能です。


 ここで重要なポイントがあります。

 途中、「楽になったな」、「大きく変化を感じないな」と思っても、施術間隔をあけたり、施術を中止することを慎んでください。


 長いトンネルを脱した方々が口にするのはまさにこのことです。

 「最初の予定通り続けたおかげで、やっと不安がなくなりました」「やっと自信が持てるようになってきました」。

 その言葉が私のよろこびです。


 物理的肉体と情報的肉体の両面のメッセージを受け止め、その機能、働きを修正することです。

 たとえ時間がかかるとしても、それは単に体が楽になるだけのことではありません。
 自分の潜在的な可能性が広がるのです。

 自分自身の可能性をおおいに発揮し、自分が心から好きなコトを通じて社会にも何らかの貢献ができる存在へシフトするのです。




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